近年愛用している鞄を修理に出した。
ストラップの付け根部分がほつれてきたからだ。
仕上がりには一週間程と言われていたけど、2日後には出来上がったとの連絡があった。
早く取りに行かなくちゃ。
修理は、家のすぐ近所にある靴や鞄の修理屋さん。家からとても近いこともあって、これまでにも何度か靴の修理を依頼している。
僕はブーツカットもしくはベルボトムのデニムを愛用しているんだけど、元々のシルエットを活かしたいので極力裾上げをしないようにしている。
だからヒールの高い靴が必要になるんだけど、メンズの靴でブーツではなくヒールが高い靴というのはあまり売ってない。
昔の靴にはヒールの妙に高い靴が存在しているので、ユーズドやデッドストックの靴を使っている。
状態が良いものを選んで買っているとは言え、30年くらい前の物だから、修理が必要になることもある。
そんなわけで、時々修理屋さんのお世話になっているのだけど、30年も前の靴を現役で使っていて、しつこく修理に出しに来るということもあってか、すっかり顔を覚えられてしまったようだ。
ところで、自分の持ち物の何割くらいが修理可能なんだろうか。80年代以降は、まさに使い捨ての時代って感じで、修理するくらいなら買い換えた方が安いってのが当たり前になっているけど、僕は何となく修理するという感覚が好き。
自分の手で修理出来ればさらに良いけど、道具が必要だったりしてなかなか難しい。
せいぜい古着のほつれを直したり、ちょっとした金具を締め直したりって程度が限界。
それでも裁縫セットやミシン、工具類を買おうかなと本気で考えてしまうこともある。
なんなんすかね。この感覚。
子供の頃はいわゆる分解好きで、拾ってきたラジオなんかを分解して遊んでたこともある。
通電したまま分解作業を初めて、感電したことも1度や2度ではない。
僕のちょっとズレた感じも、あの頃受けた電気ショックのせいなのかも・・・。
僕が突然、脈絡のない的外れな話をし始めたら、「あぁ、小さい頃何度も感電したせいだな」と笑って許して頂けると嬉しいです(笑)
では、また〜。
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